自分のピアノ教室を開く道を選んだ人生

改めて私のプロフィールを書こうと思います。ここまで赤裸々に書いたことは初めてかもしれません。長いですが、もしよろしかったらおつきあいください。

ちなみに、HNのmarbleという名前は、昔飼っていた飼い猫の名前からきています(笑)←初告白

*+:。 あきらめられなかったピアノを教えるということ 。:+*

小さい頃からピアノは大好きで、子供心に「けっこう自分ってピアノ上手いんじゃ?」なんていう自覚はありつつも、進路を考える時期になって、悩んだ末に音楽の道へ進まずに普通大学へ進学した私でしたが、4年の間に

「ピアノを教える仕事がしたい」

という思いが湧き上がり、就職をせずにピアノ講師を目指すことにしました。周りからは当然、反対されました。

「ボーナスもないんだよ」
「社会保障もなんにもないよ」
「生徒が集まらなかったらどうするの?」
「せっかく4年制大学出たのにもったいない」

と、今にして思えばもっともな助言でしたが、当時の私はなぜだか根拠なく

「できる!やれる!」

という強い意志で、それらの反対に耳を貸しませんでした。両親にはどれだけ心配をかけたか、落胆させたかと思うと心苦しいですが、当時は、生徒さんさえ集まればやれるんだ、と信じていました。

 

*+:。 それは生徒さん1人から始まった 。:+*

大学を卒業後、アルバイトをしながら教室開業の準備として、生徒募集のチラシを初めて自分で作って配るも、反応はなし。

現実の厳しさを感じつつも、モチベーションはまったく落ちずに生徒募集の方法を模索していました。当時知り合った楽器店の人からの紹介で、出張の生徒さんたった一人へのレッスンが私のピアノ講師人生のスタートでした。「あぁ、これが私のやりたかったことだったんだ」と実感し、とても心が満たされるのを感じました。

 

*+:。 子供が少ない地域でも自宅教室を開くことを決意 。:+*

出張の生徒さんの口コミから出張の生徒さんがぽつりぽつりと入会してくださって、レッスンの経験を少しずつ積みました。そして一年後、自宅で教室を開こうと決意。

ただ私の教室は、子供が少ない田園風景の広がる田舎町。マーケティング的には「集客を見込めない」地域であり、
楽器店の人もさじを投げるほどでした。同じ頃、ピアノの先生のサークルに入っていて、セミナーなどの後に先生たちはレッスンがあるから~と帰る姿に、心底うらやましいなーと思っていました^^;

このころの私の日常といえば、レッスンは週2、あとはアルバイト、たまにセミナー、月3でピアノのレッスンを受けるという日々。教室の主宰者としても、先生としてもまだまだ半人前でした。

私は奮起し、前回の失敗から、ちゃんと手にとって読んでもらえるような、他の教室は作らないだろうチラシを自分で手作りすることにしました。

何日も徹夜をし、色画用紙やポスターカラーなどを買い込んできて時間を忘れて作りました。

*+:。 勇気のポスティング、チラシの手渡し 。:+*

できたチラシを近所にポスティングし、小学校の入学式でも(許可済み)手渡しで配布しました。このポスティングと手渡し作業は正直、勇気がいるものでした。

指導する先生自身(私)が、にこにこ笑顔で、大きな声でみずからの教室の宣伝をすることの大変さ、そして、生徒一人来てくださることの重みを肌で感じる経験となり、このことは私の原点となりました。

「若い時にこのくらいやれなければ、この先も私は何もできない」

と自分を奮い立たせました。恥ずかしいなんて言ってられない、せっかく作ったチラシに自信を持とう!と。

その後1ヶ月以内に、4名の新入会がありました。自分の働きかけで初めて生徒さんを迎えることができた瞬間でした。

配ったチラシは、小学校に配布したのが20枚弱。ポスティングを含めて40部だけです。

 

*+:。 教室が形になって、運営の難しさに直面 。:+*

それから自宅レッスンも、出張レッスンも生徒さんたちからの口コミで少しずつですが増えてきて、教室が軌道に乗り始めてきたころ、アルバイトもやめ、4、5年かかってようやく自立できました。毎日が本当に楽しく、ストレスなんて無縁の「なんて素晴らしい仕事なんだろう!」と会社勤務にはない達成感というのを味わう日々でした。

でも、生徒数が増えていくにつれて、問題も浮き上がってきました。それは、私が教室のガイドラインを作っていなかったため、自分の教室運営の制御ができていないと感じるようになりました。

参考 教室運営の難しさを考えるアメブロ

誰にも相談できずに、ひとり悩みに悩んで、出した答えが教室運営のシステムでした。それらはすべて、生徒さんが教えてくれたものなのです。

 

*+:。10年の軌跡を記すためHP開設。:+*

私が、ピアノ教室の運営とともに、コードやアレンジの勉強を始めて、すごく似詰まっていたころがありました。そんな時、私の母が

「例えば、子供を産んで育てる事は誰でもできる。だけど、あなたの仕事は誰でもできる仕事じゃない。だからよその人が子育てしている時間を、あなたは何かを成し遂げることに費やす意気込みでやんなさい」

と言われたことがありました。当時、30代半ばだったでしょうか。まだ独身で、あぁ、人とは違う人生を選んでしまったなぁと気持ちがふわふわしていた時期でもありました。その母の言葉がとても心に刺さりました。

そこで、自分がやってきたこと、これだけは人より熟知していることは何かを考えた時に、ピアノ教室を自分で始めた頃の気持ちを思い出しました。

そうだ、ピアノ教室をゼロから始めた経験は、これからピアノ教室を始めたい人にいくらでも語れる、それをHPにしようと思いつきました。当時、そんなHPを検索してもほとんどなくて、需要があるだろうかと不安に思いながらも、毎日レッスン時間よりも長い時間をかけて(笑)サイト作りに没頭しました。

最初は、だーれもみてくれないサイトでしたが、いつのころからかメールをいただくようになり、日本の、世界のどこかの知らない方の力になれているんだと、かえってありがたく思いました。

 

*+:。音楽教室運営法を執筆開始。:+*

その後、アメブロでブログを開設したところ、いただくコメントやメッセージから、アメブロの多くのピアノの先生がなんと、私のことを知っていた!という事実を知りました。私が作ったサイトは、アメブロのピアノの先生たちにも読んでいただいていたのです。

ある方との出会いによって、私がサイトに綴ってきたピアノ教室の開業方法、運営方法をまとめたものを商品化しようということになりました。

「何かを成し遂げるために」

母の言葉を思い出しながら毎日毎日書きました。

 

+:。東日本大震災と父の死。:+*

その原動力は、当時入院していた父のためでもありました。父が病気と闘っている、私も頑張るんだ、そして一人でしっかり生きていけるよ、と安心させたかった気持ちもありました。ところが、2011年2月、父は他界しました。そしてその1ヶ月後、3月11日、宮城県に住んでいる私は、あの大震災に見舞われました。

参考 東日本大震災アメブロ

あの時の喪失感と、心細さは今も言葉にうまく表せません。沿岸の方々は津波に流され、自分だけが辛いとは言いにくかったですが、私たち家族は大黒柱を失って、ようやく残ったものたちで頑張ろうと立ち上がりかけたタイミングでのあの震災は、さすがに心が折れ、絶望しました。

世の中がすべて変わってしまったと思いました。原発で騒がれてもいましたから、ここに住めるんだろうか、兄からは自分と母親は残るから、兄の妻と子供と私で安全なところに逃げなさい、という話まで出ていました。

そして、こんな情勢で音楽が町から聴こえる日がまたくるんだろうか、ピアノを弾きたいなんて思う人がいるんだろうか、と廃業も頭をかすめました。1ヶ月近く自宅で仕事の再開もできずに避難生活をしていました。

ですが、何かをしていないとよくないことばかり考えてしまうので、執筆に没頭することで平静を取り戻そうとしていました。そのうち、復興が少しずつ進んできて、一ヶ月後にようやくレッスンを再開することができました。

 

*+:。音楽教室運営法をリリース。:+*

その7月に、「あなたにもできる!長く愛される音楽教室運営法」をリリースする運びとなり、予定の部数が一週間で完売、非常に大きな反響をいただきました。その年12月にも第2回目を公開し、それも完売となりました。お申し込みいただいた先生方とのメールサポートのやりとりで、「生徒さんが増えた」「運営の悩みが解消された」というお声をいただくと、私の方が勇気づけられる思いで、もっともっといろんなことをお伝えしたい!という意欲が湧いてきました。「運営法」を通じて出会った先生方には今でも本当に感謝しております。

翌年には「音楽講師必見☆心に残る発表会の開き方」をリリース。

2011年は、人生でとても過酷な1年であったと同時に、少しだけ「何かを成し遂げる」きっかけになった年でもありました。

 

+:。結婚・現在。:+*

震災、父の死からちょっとずつ立ち直り、私はこのままひとりで生きていくんだろうなぁ、とある程度覚悟を決めていた頃、主人と出会いました。震災から3ヶ月後くらいのことでした。私は、父が巡り会わせてくれたんだと思っています。

主人の理解もあって、結婚後も独身時代と変わらずレッスンを続けています。ただ、生活スタイルが変わり、家庭のもろもろのライフイベントもあって、ネットから離れることになってしまい「音楽教室運営法」の再販ができないまま今に至ります(汗)

そして、ようやく自分の時間をとる心のゆとりができた 2018年、またネットにひょこっと現れました(笑)今度は、ワードプレスに挑戦し、このブログで更新することにしました。ネットでの活動にも力を入れていこうと思っています。

 

*+:。 ピアノの教室の運営は長く続けられること。:+*

これまで、ピアノ教室を運営することで、充実した日々を過ごすことができた反面、レッスンをこなすだけで1日が終わり、運営の悩みもなくなるわけではなく、精神的に疲弊することもありました。

生徒を数多く持つということは、それだけ責任も伴います。先生の体は一つ。代わりもいません。私にとっては、たくさん生徒が集まる喜びよりも、お預かりして育てる責任の方がずっと重いです。

生徒さんへの質の高いレッスンをいつでも提供できる心のゆとりを持つことは、長く教室運営を続けていくためにとても大切にしている点です。

女性の先生は特に、結婚、出産、または介護の問題などライフイベントが変化していきます。その中で、生徒さんに迷惑をかけずに一定のレベルのレッスンを提供し続けられる運営が大事だと思っています。

今の私は、生徒募集は控えて自然な流れにまかせています。(それでも毎年、新入会があります^^)演奏会や勉強会に行く時間、オリジナルの教材を作る時間、自分の自由に使える時間が持てることにとても満足しています。

ピアノ教室を開くことも、生徒募集も、運営もすべて一人の力でできます。何かがあっても生きてさえいれば続けていくことができます。

私がその経験者です。

これからもみなさまのお役に立てれば幸いです^^最後まで読んでいただきありがとうございました。