ピアノの先生の横のつながりと付き合い方について語ってみる【昔話】

こんにちは!

marbleです。

今回は、レッスンから離れてピアノ講師という仕事のデメリット

「横のつながりをもちにくい」「仲間との付き合い方の難しさ」

について書いてみようかと思います。

というか、大半は昔話なのですが、根本は同じだなと今でも感じることを書こうと思います。

 

昔入っていたサークルの話

私が、まだ大学出たてで、生徒もあんまりいなくてヒマだった頃(笑)その当時の、楽器店でやっていたサークルが非常に活発だったことがありました。私はその勢いに乗り、参加させていただいて「お仲間」という存在の先生もできました。セミナーなんかもしょっちゅうあって充実していました。私はその中でも一番若手で、周りの先生たちにも可愛がっていただきました。

楽器店からの依頼で、サークルの指導にいらっしゃる先生がいました。普段は個人の教室の先生ですが、楽器店との太いパイプがあったからこそのそういうお立場だったのでしょう。

サークルの仲間には、自分のピアノ教室と経営者としてさらにステップアップを目指そうと名前を覚えてもらおうとする野心家な先生もいました。

このあたりから、自己主張できる先生とそうじゃない先生の間でなんとなく差ができていきます。指導にいらっしゃる先生が気の合いそうな先生と個人的に仲良くなっているのをサークルの中でも匂わすようになり、たぶんそれを見て気に入らなかった先生もいたと思います。

 

指導者と経営者の間で揺れ動く

楽器店が絡んでましたので、たま~に、店長さんや支店長さんクラスの方ともお話しする機会もあったりしてコンサートのあととかに、お酒の席なんかも呼ばれたりしました。すでに不景気でしたけど、今に比べたらまだ景気がよかったんでしょうね。今じゃありえないです。

ここでも、おえらいさんとのコネクションを作るいい機会だわ、と思う先生もいます。それは全然いいです。個人の自由だから。でも、同じサークルなのに、そのお酒の席に呼ばれる先生と呼ばれない先生が出てきたりして、あれ?ってなります。打ち上げなら全員呼ぶべきでしょう?と内心思うわけです。

私なんかは、正直どうでもいいと思っていて、まだ若かったし、何よりも、気後れ感が半端ない(笑)でも、私はお酒の席に呼ばれる先生側に入っていました。

「marbleちゃん、チャンスよ。他の先生は呼んでないんだからね」

みたいなことを言われて、どう考えても私のためではないなとわかっていました。そもそも生徒もほとんどいなかったし、たとえば事業展開なんかその時点で語る材料が私には何もなかったし、当時の私には何のメリットもない、単なる「ダシ」に使われていただけに過ぎませんでした。

 

ホステス要員、タクシー代わり

私がレッスンを終わって、指定されたお店に行くと、チョイスされた仲間の先生たち数人と、社長だの、支店長だのがいらっしゃる。その隣の席が空いていて

「お若い先生をお呼びしましたので、ささ、marble先生、お隣に♪」

ほーら。やっぱり。こんなことしたくないから、自営業してるのに。

サークルの活動の指導に来ている先生は、普段は活動が終わると、私を足代わりに使い、車から降りるとき振り返りもせずに去っていく、タクシーかという扱い。完全になめられてるのがわかります。それなのに飲みの席ではホステス要因として呼ばれる。

ピアノの指導や、音楽的な話では共感できても、その先生のやり方にすべて賛同できるわけではありません。こっちはこっちで、「私なりの考え」があります。目立つ先生の「取り巻き」だなんてぜっっったいにごめんだ!と内心思っていました。

自分の信念を持ってお付き合いを

ピアノの先生は言ってみれば、会社の社長さんと同じです。経営法(運営法)はさまざまです。「ピアノを指導する」という立場は同じで、志も同じなんでしょうけど、向いている方向は実は違うことの方が多いんです。

先生が先生のやり方でピアノ教室をやっていくことには勝手にどうぞって思いますし、なるほどその考えには共感できるなーと思っても、そこに私が、何でも言うことを聞く「コマ」のように使われるとなると話はまったく別で、それはすごく失礼なこと。それは最後までわかってもらえなかったです。

「NO!」って言うのにどんなにリスクがいったことか。

怖いのは、そういう中にいると、だんだん

「もしかして私がまちがっているのかもしれない…」

って思い始めちゃうんですよ。陰では、「私も違うと思う!」ってはっきり言ってる先生がいざオフィシャルな場になるとしらんぷり。事なかれ主義で、とりあえずはその場で賛同してみせて陰で「あれ、ひどいよねー」ってフォローしにきたりする。(その場で言ってくれよっていう・笑)

あの頃の私は、自分が思っていた常識と基準が、本当に正しいのかわかんなくなってしまってました。

その後、私は別の理由(たぶん病気で療養していた頃だったと思います)でしばらく出席できなくなってしまったのですが、そこでも何を勘違いされたのか、

「marble先生がいないと寂しい、若い先生の存在は大事だから気にしないでまた来てほしい」

え? 私がなんかすねて来なくなったみたいな空気(笑)

「私は、あなた方に若さやフットワークの軽さを提供するために存在してるんじゃない!」

と叫びました。心の中で(笑)年齢差があったからこういうことに巻き込まれた?のかもしれません。

 

当たり前だけど、お互い教室の主宰者である敬意を持つこと

こういったら、思いっきり語弊があると思うんですが、ピアノの先生は、本当の友達や仲間を同業者から見つけるのはすごく難しい。

どうしても同業者の先生を、生徒さんの人数や、学歴、ネームバリューで判断する先生もいます。使えそうな若い子(私みたいの)を自分の傘下に入れようともする。そうじゃない先生ももちろんいます。

最後は、どの先生にも本音を言えなくなりました。

私が、こういうサイトをやっているのもその反動かもしれません。あの先生たちはやらないだろうな、っていうことをやるんだ!!って(笑)もちろん、今でも仲良くしている先生たちはいます。そういうものに嫌気がさして早々に抜けた先生たちなど。

年齢差があっても、ピアノ教室を運営する個人の先生は、同じ目線でありたいと思っています。同業者だから敬意を持ってつきあうことがすごく大切なことじゃないかなと思います。

 

現在の私の見解

この記事を再編集する上で、ああ、あの頃のことかーと思い出しながら書いていますが、今現在の私がこの頃を振り返って思うことは、あのことがあったから私のピアノ教室の運営の方針や信念、そして、ピアノ教室を運営する立場として、他の先生とお付き合いする上で、自分がどうあるべきか、という気持ちを考えて付き合うようになりました。

教室の規模なんか関係ありません。生徒をお預かりし、長年運営してきているこの身は、生徒のためにも自分の立場を守る義務があると感じています。

あまりにも昔話なので、今はこういったこともめったに聞かないので、そういう時代だったからということもあると思います。今は平和なものです(笑)

ですが、今でも、当時の上下関係?を引きずってるのか、ご本人にはそういう意図はないんでしょうけど、どこか使える人材として手元に置きたいというアクションをされること事案が少々あります。

今では「先生、無償でやれることは私が決めます。それ以上のことは仕事になるのできちんとご依頼していただかないと」

と、はっきり言えるようになりました。

仲のいい先生はそれでも「無償すらやらなくていいよ」「ふざけてる」と怒る人、ある先生からは「相変わらずmarbleちゃんは人がいいねぇ。」と呆れられました(笑)まだ私は甘いようです(汗)

 

 

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